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数学と芸術とプログラムについて日々思ったことを書いていきます、雑食。

私は他人の『わからない』がわからない

こんにちは.お久しぶりです.

最近めっきり書かなくなってしまった… というのも実は下書きは結構書いてるのですが,先に進まなかったり,公開しなかったりなどがあります.

なんでかと言いますと,書いてると,前提知識はどこまで仮定すればいいんだろう?ということに悩むのです.基本的に書くことは私が書きたいことを書いてるのですが,どうせなら誰に向けて書いてるかをはっきりして書く方が文章のまとまりがあるなと思います.*1そこで書いてはいるものの,う〜んとなってしまっているのです.

これは実は文にとどまらず,作品説明でも同じ問題が起きます.どういう問題かと言いますと「今,目の前に立っている人は何を知ってて何を知らないのか?」がわからないんです.(そろそろ本筋になってきた)実は数学のゼミをしているとこういう問題はあまり起きないのです.*2

なぜ,作品説明をするときに相手の『わからない』がわからないで,数学のゼミでは相手の『わからない』がわかるのか?みたいなことを考えてある程度の結論がでたのでぶらりと書いていこうと思います.(私が言ってるわからないにはカギカッコをつけませんが,私以外の人が言っている『わからない』にはカギカッコをつけます.)

 

『わからない』には二種類ある

数学のゼミを知らない人の向けにまずは数学のゼミのお話をしましょうか.数学科のゼミは数学書を読んでその内容を発表するというのが一般的なゼミになります.(研究はまた別です.)ここでいう「本を読む」というのは普段新聞を読むかのように読むのではなく,証明で省かれているところや,筆者の証明の方針の理解などを含みます.その読んだ後,読んだところをまとめた内容を発表するというものです.

ここまではゼミのお話でしたが,本筋に戻りましょう.

 

発表した人は読んだ内容を全部『分かってる』ときもありますし,『分かってない』ときもあります.実は聞いてる方は発表者が『分かってる』か『分かってない』かが割とわかるのです.(『分かってない』ことは悪いことじゃないです.)なんでゼミの発表を聞いて『わからない』ことがわかるのか?なんで作品説明の時に相手がいう『わからない』がわからないのか?結論をいうと,『わからない』には能動的なものと受動的なものの二種類があるということが分かったのです.それぞれの説明をしていきたいと思います.

 

  • 能動的な『わからない』

これは,『わからない』について自分が『わかる』範囲内で話をしてもらって,何が『わからない』かを伝えてもらうというものです.『わからない』と言われた時に,まずは『わからない』と言った方がそれに対して話すというものです.

 

  • 受動的な『わからない』

これは,『わからない』と言ったら,『わからない』と言われた方が先に話すということです.

 

とまあ,指向性が違うのです.なのでわからないんだなあということがわかりました.これから言えるのは,相手がどういう指向性で『わからない』をいっているを私は知ることが大事だなあと感じました.

 

 終わりに  

 『わからない』ことは悪いことじゃないので,『わからない』と言える人になりたいなあと思います.あとは少しずつ文章を書いて行きます.(雑談が増えるかもしれないけれど)

それでは良い休日をば.

 

*1:ちゃんと文章を書く勉強をした人はこんなこと当たり前ではと思われるが勉強してないので,書きながら学んでいってます.

*2:私の経験に依るものであり,客観的な内容ではないです.