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「ヴィオレッタ」を見る。

  夏に入り、蒸せ返るような熱気に日々体力を削られて過ごしているとなかなか休めないものだ。 そんな中久しぶりに映画を見て休もうと思い立ち、前から気になっていた映画を見てみた。

 

 2011年、エヴァ・イオネスコ監督(以下エヴァ)によるフランス映画。監督本人の少女期に母イリナ・イオネスコ(以下イリナ)の被写体になっていたという実話をもとに母と娘の親子の葛藤を描いた映画である。

 ここで、イリナについて情報を載せておこう。フランスの女流写真家で娘エヴァを撮影した写真集で一世を風靡した。その作品はエロスとバロック調が混沌する独特の世界観を醸し出していると感じる。(イリナの写真集や写真は何個か見たことがあり、この説明は私の作品を見た主観による)2012年にエヴァから子供の頃のヌード写真撮影およびその出版について裁判を起こされている。

 

 大体のあらすじを説明すると、アンナ(イリナの役)の一人娘であるヴィオレッタ(エヴァの役)は曽祖母と基本的に暮らしており、アンナと曽祖母の仲がとても悪くアンナはたまにしか帰らなかった。アンナは最初画家を目指していたが、鳴かず飛ばず。友人からプレゼントでカメラ(しかもニコンF!!!!!(実際イリナが使っていたかは知らない))を貰い、今度は写真家を目指すことに。その時にモデルとしてヴィオレッタを撮影することに。母の期待に応えようとヴィオレッタは授業中もポージングの練習をしたり、紅い口紅をつけたり派手な格好で学校に行ったりしていた。

 そんな撮影もだんだん過激になりヴィオレッタのヌードも撮るようになったり、骸骨や花環を使うようになった。そういう作品が認められアンナの名も挙がったが、段々ヴィオレッタはそういう撮影に嫌悪感を抱くようになっていった。また、ヴィオレッタがそういう撮影を行なっていることを周囲に知られるようになると、クラスメートからのいじめがあったり先生から注意されるようになる。それを母アンナに言うが、凡人のことは気にするなと一蹴。ヴィオレッタがどれだけ嫌だと言ってもそれを聞きもしないアンナ。ついにはヴィオレッタをとった写真が児童虐待に当たると判断され、ヴィオレッタを撮ることはなくなった。しかし、それでも世の中にヴィオレッタのヌードが公開されている、それにキレたヴィオレッタは家出をして、ひったくりをしてしまい、少年院に送られた。そこに、アンナが訪れようとした時、ヴィオレッタが逃走して終わった。

 

  大体のあらすじといったが、結構書いてしまった。まあ結構いろんなことを思ったのだが、第一の印象はヴィオレッタ綺麗すぎでは?と感動してしまった。(エヴァの少女期を見たことがある私としては、美化してないかなと思ってしまう)ヴィオレッタ役のAnamaria Vartolomeiは美しいと言う言葉ですら陳腐なものに感じてしまうような、そんな子だった。これで10歳なのかと思うような妖艶さ、アンナに撮られている時のモデルとしての凄さに感動してしまった。この子を撮ってみたいと痛感した。

 それは映画の感想ではないので置いておくと。母アンナが母として生きていけれないのは環境の性だったなと感じる。実はアンナはアンナの母をアンナの祖父(つまり、ヴィオレッタの祖母と曽祖父)がレイプして生まれた子であり、自分が望まれずに生まれてきた子だと思っている。それと『肉体恐怖症』があると言っており、人と関わることが苦手だったのだろうと思う。人の言葉に温もりがあるかはわからないが、少なくとも人の温もりと言葉があって心が溶けるのだと、そう思っている。それが感じれなかったのなら、それをアンナに求めるのは酷であろう。ヴィオレッタが母の愛を感じれなかったのはある種当たり前かなあと感じる。 アンナは人の優しさがわからなかった反動かヌードを撮ろうとしたのかもしれない。また、私は芸術家、凡人とは違うと言っていたが、富や名声を得て快感を覚えることは凡人と何一つ変わらないと私は思う。(富と名声を得られることは素晴らしいが)

 そういう意味で人らしさをとても感じるが、狂気も同様に感じたいい映画だった。多少の監督本人のオナニー感は否めないが、自分のことだから仕方のないことだと思う。

 

 自分の撮りたい写真は何かというのも考えさせられた映画だったなあ。こういうのも撮ってみたいな。

 

 それでは駄文失礼しました。