ブルームーンはお好きですか?

数学と芸術とプログラムについて日々思ったことを書いていきます、雑食。

東京シャッターガール

2013年、手塚眞、コバヤシモトユキ、寺内康太郎の三人の監督による短編集の日本映画。

 

とても久しぶりにレビューをかく。というのも全然本を読んでなければ映画も見ていない。これは由々しき事態だと思いながらも忙しいので仕方ない。しかし、たくさん寝ている暇があったら数学書読むか、映画見るかぐらいはしたい。今後映画以外にも書きたいなあ(小説とか数学のこととか)と思っている。かければの話だがw 脇道にそれたので本題に入ろう。

 

夢路歩というキエフというレンジファインダーフィルムカメラを使う女子高生(ここがめっちゃ萌えのポイント)主人公の短編映画。原作もあるのだが、あまり準拠しているようには感じなかった。短編ごとに話がかなり変わるので一個ずつ見ていきたい。

 

・わたしは、シャッターガール by 手塚眞

かいつまんで言うと夢路が写真が急に撮れなくなり悩む話。最初はとても写真を撮るのが好きだったのに、シャッターきった瞬間その被写体の「命を落とすこと」になると感じ撮れなくなっていた。そんな悩みを持ちながら最終的にはスランプを脱出し撮ることができるという話である。それ以上あまり話すことがないというのが本音だが、少し写真っぽさを感じた映画だった。写真の延長として映画を撮っているようなそんな感じが見受けられた(あくまで私の感想である)最後には無事撮れるようになった。

ここで私個人の写真観に触れながら話していきたい。(私も写真が好きである、とても好きである)写真を撮ることによって「命を落としている」とここで歩は感じているが、私は逆にフィルムさえ残っていれば撮った被写体は「そこに在る」のだ、永遠に。素晴らしいものと思っている。愛する家族がなくなっても、写真さえ残っていればそこにいるのだ。(多少の侘しさはあるが)そういう意味では永遠なのだ。そう思って欲しい。

 

・写真って何? by コバヤシモトユキ

これはタイトルの通り、夢路が写真って何?とか写真に対する悩みについて考えている話だ。これには小森くんという原作には現れない男の子が出てくる。その子はプロになることを目指している、いい写真のためには危険なこともしてしまう、危なげな子である。その子や他の写真部部員と自分にとって写真とは何か?を夢路が問う。ある部員は写真は感性だといい、またある部員は思い出といい、他には思い出の集積であったり。小森くんは写真はラブレターという、自分の思いを伝えるものだという。素晴らしい。彼女は多分この問いに常に直面していたのだろう。ただ、最後ちょっともやっとする終わり方だったので少し消化不良が否めない。今も考えているがわからないので、なぜ最後にああしたのかいつかコバヤシモトユキさんにお会いする機会があったら是非聞きたい。また、顧問役を演ってらっしゃるハービー山口さんの言葉がとても勉強になった。これを見ただけで私はこの映画を見た価値があると言っても過言でないとおもう。

写真とは何か?これは写真をやってる人なら一度は考えることだと思う。残念ながら私はまだこの問いに答えられない。ただ、この映画のメインは間違いなくこの短編で、これだけで一個作って欲しいと感じた映画だった。

 

・夢路!お前無茶すんなあ! by 寺内康太郎

これは本当にタイトル通りの清々しいほど、夢路が無茶をする短編だ。夢路のことが好きな小野田くんという男の子がまあいわゆるストーカー的な感じで、夢路と同じ写真部のたまきくんに相談するシーンがある。たまきくんは「嫌いとは思ってないと思うよ」というと「嫌いじゃないってことは好きってことだろう?」という勘違い甚だしいやろうだ!人の感情が二値論理なら苦労しないだろう……。無関心というか知らないだけじゃん!と心の中で突っ込みを入れた。夢路とたまきについて行って告白するのだが、見事に振られ大号泣する。そこを夢路がシャッターチャンスというばかりにとりまくるのだ(笑)  そこでたまきがタイトルのフレーズをいうのだ(笑)  見てて小気味よかった可愛らしい映画だったが、逆にそれ以上は思わなかった軽さだった。

 

とまあ、こんな感じを思ったのだが、これをみて私の写欲はみるみる内に溜まっていって、ああ撮りてえ。アラーキーになりたい。と心から思ったのだった。また写真のことも考える楽しい日々を過ごしていきたい。そう思わせてくれるいい映画だったと私は思う。

あまり感想っぽくないが、こういうのもいいだろう。